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最善の未来へと進んでいくマインド!袖触れ合うも他生の縁! [ご縁・感謝・調和]


何をするにも、何を成すにも人と人との縁という、自分の力だけでは到達できないものによって支えられ、学び、楽しみ、感動がある。
 

あの人がいたからやる気になった!
あの人がいたから楽しかった!
あの人がいたから成功出来た!
あの人がいたからあの人に出会えた!
 

思い返せばたくさんある。


自分一人でここまで来れるわけがない。有難き良縁に巡り会えたからこそ今日の自分がある。


「袖振れ合うも他生の縁」という言葉があるように、ご縁というものには目に見えない偉大な力が働いているのではないでしょうか。だとすれば、日々のご縁を大切にすることで、我々は最善の未来へと導かれていくのではないでしょうか。


人と人との縁をつなぐもの、それは相手を敬い思いやること、お役にたとうとすることです。


一期一会の人生です。不平不満や奪い合いなど、つまらないことはやめご縁をいかし輝く未来を創造していきましょう ^^


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近所の人に大根をもらって「人生では当たり前の事が大事」と思った [ご縁・感謝・調和]


うちの親は「朝布団から出るのが辛い」と言っていますが(笑)、僕は早く布団から出たくて仕方ありません。なぜならウォーキングをしたいからです。どんなに寒くても、体温調節機能が正常に働いて筋肉が普通にあれば関係ありません。


ウォーキング中、いつもすれ違う人がいます。最初は僕の方から挨拶をしていましたが、最近はどちらからともなく挨拶をするように。


それで、昨日のウォーキング中、いつものように挨拶をしたら、「うちの大根もってって」と、採れたての大根をくれました。ちょうど畑帰りだったようです。


かつての僕は、ウォーキングなんて絶対にしない人間だったし、挨拶もよくできない方でした。ウォーキングと挨拶、この習慣が身につかなければ大根はもらえてないでしょう。


「俺本当に変われたんだな」と思いました。


挨拶、笑顔、早起き、歩く、健康など、こういった当たり前の事が大事。


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百花繚乱の美 [ご縁・感謝・調和]


昨日と今日のウォーキングは、
花がたくさんある近くの公園。


きっかけは、昨日、
SMAPの「世界に一つだけの花」を聴いて、
花を見たくなったことから。


花とベンチ.jpg


曲には、
「どれも素晴らしい」「争う必要はない」
というメッセージが込められていますね。


花を見ながら、


 小さい大きいとか、流行とか、
 値段の高い低いとかは関係ない。
 花を見ることで気分が落ち着く。
 花があるだけで場が浄化される。
 色々な花があるから華やか。


という感覚の方が
ずっと大事だと思いました。


※写真は無料画像サイトからお借りしました。


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僕の思うネット社会のメリット [ご縁・感謝・調和]


僕自身には何もないですが、
ご縁には結構恵まれているかな、
と思うことがよくあります。


僕の友人は、
チャレンジ精神旺盛な人や
ストイックな人が結構多いです。


彼らのブログでは、
つまらない不平不満とか
凄いでしょアピールとかはなく、


自分を高める事や、
社会をよくする事ばかりが
書かれているんですよね。


学ぶことがとても多いし、
その目標の高さに、
「自分なんて本当にまだまだな」
といつも感じています。


インターネットは
諸刃の剣だと思っていますが、
こういう面は便利ですね。


彼らの近況や考え方に
日々触れているからこそ、
モチベーションを保てています。


彼らの投稿を、
毎日フォローしていけば
彼らとの差を埋められるかな。


次に会う時まで、
もっともっと
自分自身を高めていかなくては。


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今すぐできる!最善の結果を引き寄せる意外な方法! [ご縁・感謝・調和]


『袖触れ合うも他生の縁---という古いことわざがあるが、人と人とのつながりほど不思議なものはない。その人が、その会社に入らなかったならば、その人とはこの世で永遠に知り合うこともなかっただろう。考えてみれば人びとは大きな運命の中で、縁の糸であやつられているとも思える。こうしたことを思うと、人と人とのつながりというものは、個人の意志や考えで簡単に切れるものではなく、もっともっと次元の高いものに左右されているようである。であるとすれば、お互いにこの世の中における人間関係をもう少し大事にしたいし、もう少しありがたいものと考えたい。』

引用元:松下幸之助著「松下幸之助一日一話」





「袖触れ合うも他生の縁」という言葉は「出会いには必然性がある」ということを意味しています。僕は仏教に関心があり、昔からこの言葉が気になっていました。


「必然性があるのなら日々の出会いを意義あるものにしていくことで最善の未来へと導かれていくのかな、、」「不平不満や奪い合いなどをやめて、学びや感動を共有したり、利他行を実践していくことで幸せになれるのかな、、」とずっと考えてきました。


人間が偉大なるものに生かされているのであれば、自分にしか歩めない人生を自分らしく精一杯に生きていく必要があります。与えれたご縁、および自分の能力・経験・時間・エネルギーというものを最大限にいかし、周りの人を幸せに導いていく必要があります。


世の中には、人との絆や恩恵を大切にしている人と、そうでない人がいます。成功される方や幸せに生きている方は前者である場合が多いように感じています。


僕は、中国古典の礼記にある「辞無ければ相接らず」という言葉が好きです。これは、いつも顔をあわせていても、挨拶をしなければ仲よくはなれないという意味です。当然と言えば当然ですが、とても大事な教えだと思います。ご縁をいかせるかどうかは、このようなちょっとした違いから生まれるものだと僕は考えています。


人生でいただけるご縁というものは限られています。どんな人との出会いも大切にして、意義のある交流をしていきたいものです。


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「貧乏でもいいかな」という人の話を聞いた後の僕の変化 [ご縁・感謝・調和]


知人が面白いことを言っていました。


『今は色々と貧困や格差の問題があるけれど、「別に貧乏でもいいかな」ってこの頃思い始めてきた。日本にいる限り、最低限は食べていけるし、無料で楽しめるスポットとかイベントとかたくさんあるし、ネットがあればすぐに友達とつながれるし勉強できるし。結局、「いい人間関係があればOKかな」って気がしてきた。』


お金に執着していたかつての僕であれば、「いやお金も大事だよ」「お金がないとできないこともあるからね」という意見を持ったかもしれません。でも今回は、「そうかもな」「その方が生きやすいかも」と思いました。同時に、なんとなく「心の時代」を感じました。


大学時代や大学を卒業してからの数年間、みんなで誰かの家に集まって鍋やバーベキューを囲みながら酒を飲む、ということをよくやっていました。


これまでの人生を振り返ってみて、なんだかんだであの時期が一番楽しかったように思います。(過去形なのはもうできないという意味ではありません。余裕ができたらまたやろうかと考えています。)


こういうのって大してお金がかからないんですよね。2,000円あれば十分に楽しめます。料理が苦手という人もいますが、みんなで作りながらだと楽しいし、土鍋、七輪、炭火といったものを使えば、そのへんに売っているものより何倍も美味しいものができます。


社会人になってから、高級料亭で飲むことや、上司のお誘いを受けてお金のかかる遊びをしたこともありますが、正直あまり楽しかった記憶がないんですよね。あと、住むところや着るものにお金を使っていた時期がありますが、「刹那的で虚しい・・・」と考えるようになってきました。


知人のその話を聞いてから、上記のようなことを含め、お金についてあれこれ考えるようになりましたが、僕も「別にお金なくてもいいかな」「いい人間関係があれば楽しめるかな」という気がしてきました。心の時代かな。


ちなみに、こういう見方で人生を楽しんでいれば、結果として手元にお金が残るんですよね。


追記;
そういえば、かつての上司がよくこんなことを言っていました。「お金を持つようになるとお金目当ての人ばかりが集まってくる。お金がなかった時の方が人間関係がずっとよかった。」と。


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現代人が生きにくいのは「精神的距離」>「物理的距離」だから? [ご縁・感謝・調和]


都会は狭いです。住んでいるマンションでも、通勤時の満員電車でも、繁華街でも、精神的な距離が遠いのに対して物理的な距離は短いです。昔から思っていたのですが、この距離感は考え物だと思います。


横浜.jpg



何かから自分を守ろうとして、目に見えない壁を作って、つながりや支えられている意識がなくなっていくと思うのです。逆に、物理的な距離よりも精神的な距離の方が近ければ、人に会いたいと思うはずだし、せっかく会ったなら何らかの形で役に立ちたいと思うはずです。


現代によくある、「孤立」「心の病」「やりたいことが分からない」といった問題の真の原因は、こういった距離感にもある気がしています。学校で孤立して大人に " 力 " で対応してもらう・・・ 心が動かなくなって対症療法でしかない向精神薬を飲む・・・ これでは、問題が擦り変わっていくように思います。


共感しにくいかもしれませんが、僕は本気でこう考えています。


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異常なほど星空が好きな僕が星空について語る [ご縁・感謝・調和]


かなり涼しくなってきましたね。夏はすっかり終わりました。ちなみに僕が一番好きな季節は夏です。


夏が好きな人って、この涼しくなっていく時期が苦手な傾向にあるのですが、僕はこの時期も好きです。なぜなら、夜に空を見上げると夏には見えなかった星が見えるようになるからです。


(夏に星空が見えにくいのは、湿気が多く空気中の水分が視界を遮るから、日照時間が長くて残照が多いからです。)


僕は異常なほどに星空が好きです。どちらかというと理屈ではなく感覚として。以前、東京のど真ん中みたいなところに住んでいた後に、ど田舎に引っ越したことがありますが、あまりの星空の綺麗さに泣いてしまったことがあります。


これは「???」かもしれないですが、地球にいる僕があらゆる星の輝きを認め、ある星にいる誰かが地球を含めたあらゆる星の輝きを認め、といった感覚。もっと言えば、遠く離れていても全てが繋がっているような感覚。もっと言えば、「個々の輝きは全てを一つにする」ということです。


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人生どうなるか分からない、だからこその一期一会 [ご縁・感謝・調和]


「いくつになっても分からないのが人生というものである。分からない人生を、分かったようなつもりで歩むほど危険なことはない。」(今朝出会って僕の頭からずっと離れない松下幸之助さんの言葉)


田舎の川.jpg



何もかもうまく行っていた人が病気になってほぼ全てを失ったり、悪事や性格の悪さがネットで広まって周りに人がいなくなったり、会社をクビになったけど個性や特技を活かしたビジネスを始めて大成功したり、いろいろな話を聞きます。


どんな川でも緩急があるように、自然の豊かなところにある川ほど曲がりくねっているように、先々どうなるかなんて分かるはずがないのです。川に流れている葉っぱを見ても、スムーズに流れるときもあれば何かにぶつかるときもあるし、暗いところで停滞していた後に突然光を浴びることもあるのです。


個人的に、「人生は一期一会で、その時その時でしか得られない学びや感動をどれだけ未来に活かしていけるか」という見方をしています。この見方は、自分が逆境にいたとしても、そこに意義を見出して何かを得ようとするし、周りと比較することもないので、とても楽です ^^


この世のあらゆるものは変化し続け(諸行無常)、その変化は無数の繋がりの中で起こっています(諸法無我)。何も分かるはずがないのです。だからこその一期一会です!!


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松下幸之助さんの謙虚さはある意味で究極 [ご縁・感謝・調和]


『知れば知るほど世の中のことを知らないことに気づいてくる。自分一人では本当に何も出来ないといっていい。この事実に気づけば人は謙虚になる。謙虚な人には誰もが心の底から助けたくなる。自身過剰は成功への足かせとなる。』 -松下幸之助-



スカイツリー.jpg



当然のことですが「自分の力だけではないんだ」「支えてくれる人がいるから今の自分があるんだ」といった謙虚さはとても大事だと思います。


・自分の足らないところを認識し、そこを改善していていくこと
・支えてくれる人に対して感謝の気持ちを持つこと
・自分の人生や命は自分一人のものではないと自覚し、自分を最大限に活かそうとすること


など、こういったことにつながってくると思います。


何をするにも、上記のような意識があれば、助け合いや相乗効果が生まれて成功しやすいし、苦難に対峙したとしても、仲間意識や連帯感から、それがやりがいに変わったりするものです。自惚れや傲慢さがあるとこうはいきません。


少し話が変わりますが、松下幸之助さんは、社会的に大成功を収め、誰からも頭を下げられる存在となりました。それでもずっと謙虚でいたいと考え、それ以降、神棚や仏壇に頭を下げることを毎朝の習慣にしたそうです。究極ですよね。


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