So-net無料ブログ作成
検索選択

絶望の時、吉田松陰「留魂録」にあったこの言葉で変われた [反省・改善・自分の責任]


たまたま出会った言葉に、気づきを得たり、勇気をもらったりして、その後の人生が大きく変わっていく、ということはよくあることだと思います。


松陰神社.jpg



以前、体を壊して、「これで全てが終ったかも」と思ってしまったことがあるのですが(今は超元気ですよ ^^)、その危機を救ってくれたのは、吉田松陰の「留魂録」(門弟のために著した遺書)にあったこの言葉です。



『私はいま、30歳で生涯を終えようとしています。いまだひとつも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ていて、惜しむべきことなのかもしれません。しかし私自身について考えると、やはり花が咲き、稔りを迎えた、そんなときなのだろうとしか思えません。・・・(中略)・・・みなさんの中に私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになるでしょう。みなさんも、どうかこのことをよく考えてみてください。』

引用元:吉田松陰著「留魂録」



自分の力で何かを成し遂げた事がなかった僕は、これを読んで深く考えさせられました。


他人の要望や迷惑も考えず、自分のことだけを考えて生きてきただけじゃないか、、、人にどう見られたいとか、お金が入ったら何々が欲しいとか、結構どうでもいいことばかりを考えてきたな、、、本当につまらない人間だな、、、


つまりは、自分が恥ずかしくなったんですよね。「俺の人生このままでよいのか」と自問自答したら、答えは「よくない」でした。


言葉の力は強いです。言葉が薬になることもあると思います。これ以降、「絶対に復活してみせる」「絶対に自分を変えてみせる」と、そう考えるようになりました。


体を壊した時は、「若くしてこんな体になってしまったのは不幸だ」「どうせなら老いてからの方がよかった」と考えていたのですが、今となってみれば、人生の早い段階で自分を根本的に見直すことができたし、何気ない日常に感謝できるようになったし、何より真の健康を手に入れることもできたので、むしろよかったと考えています。


脳力サポート