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東日本大震災で気づいた「本当に大事にすべきもの」 [ご縁・感謝・調和]


東日本大震災の時に学んだことがあります。それは、人間が生きていく上で本来大切なのは、お金や地位ではなく、「人とのつながり」だということ。


大震災の時、僕は実家にいました。


電気・ガス・水道などのインフラが止まり、スーパーやコンビニなどの食材がなくなり、携帯電話はほぼ繋がらなくなり、ガソリンが有限となり安易に車を使えない、といった状況に。


これにより、「お金があっても欲しいものが手に入らない」「自分一人では対応できない」という状況を体験することになりました。


こんな時、僕を支えてくれたのは人でした。


「なるべくみんな分けるようにして」と食料や水を分けてくれる人、「暗い時にこれ使って、紙とか木とかでうまく工夫して」とライターを配ってくれる人、「長距離の時や緊急の時だけこれを使って」と自転車を貸してくれる人、「どこどこに誰々がいるよ、どこどこに何々があるよ」と情報をくれる人など、それぞれが自分の役割を見つけて動いていました。


単純に、「人と人とのつながりって素晴らしいな」と思いました。


人というのは人の役に立っているからこそ価値があるんですよね。現代は、お金さえあれば(お金を商品やサービスと交換していれば)一人でも生きていける社会システムにより、つながりが希薄化していますが、本来的に最も大事にすべきなのがこのつながりなんです。


お金や地位があればそれだけ良い待遇を受け、逆にお金や地位がなければそうでない待遇になる。つまりお金や地位を基準にして人間や人生の価値が決まってしまうところが部分的にあり、これが変な錯覚を生み出していると僕は考えています。


「社会に価値を提供しているからお金や地位を持つようになる」という見方もありますが、それはお金に換算できない価値を見失うし、提供者と消費者がお金以外のところでつながっているわけでもないのです。


金権主義に走ったり、精神を病んだり、自分の役割ややりたいことが分からない人が増えていますが、人とのつながりを感じられないから、そしてお金に換算できない価値を見失っているからではないかと僕は常日頃から感じています。


「周りに感謝するとうつ病が治る」「恩に報いるような行動をしていると天職に出会える」 僕はこういう話を信じています。


「嫌われる勇気」を持つ人が特別嫌われているわけでもない [個性・使命・自分らしく]


『あなたが誰かに嫌われているということ。それはあなたが自由を行使し、自由に生きている証であり、自らの方針に従って生きていることのしるしなのです。』

引用元:岸見一郎著「嫌われる勇気 」



誰かに嫌われることを恐れて本当の自分を表現できない、、、自分一人の世界で演技して、ストレスをためて、イライラして、、、僕にはこういうことがよくありました。「本当の自分を表現しなかったら一体誰の人生なんだろう」と思いながら、、、


昔、僕の知人が、「本当の自分を表現していないなら、人間関係始まっていない。いや人生すら始まっていない」と言っていました。


この知人は、嫌われることを恐れずにどんどん自分の意見を発言したり、自分のやり方で行動していく人なんですが、嫌う人が特別多いわけでもないですよね。それだけでなく、嫌う人から気づきや刺激をもらおうとしたり、嫌う人を見方にしたりもするのです。


この知人を見ていたら、自分が情けなくなってきて、それ以降、あまり気にしなくなりました。


自分を表現できないのは、そもそも自分に自信がないということです。「こんなこと言って嫌われないだろうか」「こんなことをしたら変な人だと思われないか」という発想は、相手に対しての配慮ではなく、「自己評価を下げたくない」という自己保身なんですよね。


大事なのは、自分に自信をつけて、自分の人生を歩むことです。


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