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AIに仕事を奪われないために「感性」を鍛える [健康・体質改善・気分転換]


本気で体質改善に
取り組むようになってから、


体に悪いものを食べなくなったり
体を動かすようになったり、
よく熟睡できるようになったり、


色々と変わってきているのですが、
最近は、感性が豊かになってきたかな、
と感じています。


昔は、音楽や絵画といった芸術に
対する興味がなかったのですが、最近、
なんとなく分かるようになってきました。


あと、人の温もりをより感じられる
ようになってきたし、自然の美しさに
癒されることも増えてきました。


また、直感も冴えてきて、
既存のやり方にとらわれない
画期的なアイディアが
湧いてくることも増えました。


感性が豊かになってくると、
それだけ感知できるものが増えて、
浄化され、心が満たされ、
表現も豊かになってきますね。


科学偏重の現代では、
感じる力を忘れやすいですが、
何も感じなくなってしまえば、
機械と同じになってしまいます。


これからの時代、
これまでやってきた人間の仕事が
機械に奪われてしまう時代です。


なおさら感性を磨いて、
人間らしい心や個性を
発揮していく必要があると思います。


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少し話が変わりますが、
心の病気になる人や生きにくい人が
増えてきていますが、こういう
感性的なものもあると僕は思います。


体を動かす、人と会話をする、
瞑想する、自然と触れる、
といった行動が大事だと思います。


仏教の変毒為薬ー辛いことがあっても今ここから人生を始められる [挑戦・試練・自助努力・継続]


これ以上ない借金を背負ったり、
仕事で手に負えないトラブルが起きたり、
医者も投げ出すような病気になったり、


不思議なもので、
こういった逆境経験のある人ほど、
後に成功している例がよくあると感じます。


また、そういう人達は、
自分にとって必要な経験だった、
と口を揃えて仰います。


僕も、逆境というものを、
多少は経験しましたが、振り返ってみると、
逆境の時ほど、普段得られない
貴重な学びがあったりするんですよね。


仏教には「変毒為薬」
という言葉があります。


逃げたくなるような逆境に、
遭遇することはあるかもしれないが、
それを克服していってこそ、
大きな人間的成長があり、新しい
世界を見れる、といった意味です。
(結果的に、毒が薬として作用する)


よく言われる、
「艱難汝を玉にす」
と似ていますが、
もっと深い意味があります。


薬と毒というのは、
明確に区別できるものではありません。


それは薬なのか、それとも毒なのか、
これは場合により変わってくるものです。


同じものであっても、
その配合の仕方、量、
飲む人の体調、タイミングにより、
薬として作用する場合もあるし、
毒として作用する場合もあるのです。


そして、これは、
人生においても同様なんです。


様々な事が人生では起こりますが、
それが望ましい結果につながれば、
それは薬だったと言えるし、
そうでなければ、それは毒だった、
ということになるのです。


また、それまで、
毒として作用していたものも、
一旦状況がよくなってしまえば、
一切が薬となります。
もちろん、その逆もあります。


こう考えると、
全ては自分次第なのです。


境遇が、
自分の幸・不幸を決めるのではなく、
自分の捉え方や活かし方によって、
全てが決まってくるのです。


「何があっても自分の糧にする」
という見方をすれば、
境遇に幸も不幸もないのです。


どんなに辛く
受け入れがたい過去があったとしても、
今ここから始めることができるのです。


「幸」は「辛」に「一」を足したものです。


辛いことがあっても、
そこに何かを足せば幸せになれるのです。


これは、NLPや引き寄せの世界で言う
「リフレーミング」に通じるものですね。


結論:
何が起きたとしても、
「人生は全て自分次第」
「何があっても自分の糧にする」
と捉えることで道は開ける


[関連記事]
日記を読み返していて「悩みはあった方がいい」と思えた


糖質の害を知りたい時に絶対に読むべき本 [健康・体質改善・気分転換]




「ケトン体が人類を救う」を読みました。


筆者の主たるメッセージは、「人類に糖質はいらない」「誰でも糖質制限により健康になれる」ということ。


医学的な理論やエビデンスに基づいて、糖質摂取の弊害や糖質制限の有効性を示した上で、社会にある余計な刷り込みを解いていくような内容となっています。「こういう条件の人が糖質制限をしたらこう変化した」といった実例も豊富です。


僕自身も、「糖質制限」による奇跡をたくさん見てきました。お米と小麦をしばらくやめただけで糖尿病が治った、あらゆるダイエット法を試しても変わらなかったのに、糖質制限しただけでみるみる痩せていったなど。しかも即効性あり。


この書籍にも書いてありますが、「日本人はお米を食べてきた」というのは真実ではないんです。理想のPFCバランスは、「糖質:脂質:タンパク質=6:2:2」と言われますが、これにも根拠がありません。「肥満の原因は脂肪」とよく言われますが、肥満の本当の原因は糖質なんです。


世間には、糖質に対する間違った認識があるのですが、基本的に糖質は人間にとって不要なものです。


「しょっぱいおかずと一緒に白いご飯が食べたいじゃないか」という気持ちも分かりますが、しばらく食べなければ、「糖質を使った代謝」から「ケトン体(脂質)を使った代謝」に変わるので、欲しいと思わなくなります。


「白米を雑穀米や玄米に、白パンをふすまパンに変える」「おかずを薄味に、本来の味を活かす」「早食いしないようによく噛む」「質の高い脂質を増やす」といったこと意識しながら、徐々に糖質を減らしていくのが、糖質制限成功のコツだと思います。


糖質制限関連の書籍はたくさん読んできましたが、これがもっともおすすめできるものです。




SNSで顔出しするとどう変わる? [個性・使命・自分らしく]


知人と会話していて、インターネットにおける顔出しの話題になりました。


ちなみに、このブログでは顔出ししてないです。Facebookでは少しだけ顔出ししています。mixiは少数のリアル友達としか繋がっていないので顔出ししています。


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その知人に、「これからの個人の時代では、インターネットを使って、自分から人脈を作っていく必要がある。なので、なるべく壁を作らないように顔出ししていった方がいいぞ。」と言われました。多分、あまり顔出しをしない僕を心配してくれたのだと思います。


顔出しすると、なんとなく恥ずかしいとか、何らかのリスクがあるかも、と考えてしまうのですが、親近感や安心感を持ってもらえるメリットもあるんですよね。


心理学では、単純に、自分の顔を見てもらう頻度を増やしていくだけで、好感度が上がっていく効果がある、とされています。(ザイオンス効果)


経済学では、顔を隠さないことにより、「この人は悪い事はしないだろう」「何かあっても誠実に対応するだろう」と思ってもらえる効果がある、とされています。(シグナリング効果)


あと、生活感や賑わい感があるとより効果的だそうです。ビジネスでも、プライベートでも、相手が声をかけやすくなるようです。ランチ会とかセミナーとかであれば、みんなで楽しそうにしている写真をアップするだけで、申込みが2倍、3倍と増えることもあるようです。


僕は、「どういった内容がお役に立てるか」「どうすれば分かりやすい文章になるか」といったことをいつも考えていますが、もっと別の事も考えた方がいいのかもしれません ^^;


大切な気づきをくれた知人に感謝☆


結局、自分に自信があるかどうかで人生が決まる [引き寄せの法則・鏡の法則・潜在意識]


最近、ネットで見かけて、印象に残った言葉・・・「自信こそ、人生を切り開くのに最高にして最大のエネルギー」(中島孝志)


何にするにも、自分に自信がある人はうまくいきいますね。


自信があると周りに影響されません。自分の能力・見た目・所有物を周りと比較しないし、誰かに嫌われても気にしないし、評価に一喜一憂することもありません。自分で自分を肯定できるからです。


自信があるとブランドやステータスがいらなくなります。自分自身にポジティブなイメージがあるので、外部の輝きやを必要としなくなるのです。それだけ依存するものがなく、シンプルに生きていけるのです。


自信があると、魅力的に見えるし、情熱的だし、夢のある話をできるようになるので、人が集まり、助けも得られやすいのです。また、自分から積極的に人脈を作っていくこともできるのです。


自信があると、自分の力を活かそうとする発想が出てきます。損得、比較、逃げを介さなくなり、苦難があっても学びに転換しようとするマインドになり、どんどん成長していくのです。


「自分に自信を持つ」・・・ただこれだけで、道が開けるようになってくるですよね。僕の周りで成長していく人、選ばれる人、結果を出せる人は自分に自信を持っている人です。


p.s.
特集記事「おすすめ書籍一覧[随時更新]」を更新しました。


独自の成長論ー能力・センス・学歴・資格よりも大事なもの [挑戦・試練・自助努力・継続]


人生というのは、「何事も挑戦」「何事も経験」だと最近感じます。今の僕の生きる力となっているのは、能力・センス・学歴・資格といったものよりも、経験により掴み取ったものばかりです。能力・センス・学歴・資格によるものなんてほんの一部です。


子どもの頃から、これまでに経験したことは、財産として自分に蓄積されています。思い出せなくても、体や脳が覚えていて、必要な状況になればすぐに引き出されてきます。


学生時代では、あらゆるジャンルのアルバイトをしたこと、あらゆるジャンルの書籍を読んだこと、就職活動の時に自己分析したこと、人間関係に悩んで色々な人に相談したこと、


社会人になってからは、プレゼンや折衝の場数を踏んだこと、システム設計の仕事をしたこと、体調不良をきっかけに自分なりの健康法を確立したこと、長時間労働という境遇から自分なりの時間管理法・断捨離法を確立したこと。


これら全ての経験が、自分の財産として蓄積されています。


「このスキルはあの仕事をした時に身に着けたものだな」「この考え方はあの苦しい時代に見出したものだな」という感覚があります。また「あの経験があったからこそ今回成功できた」「あの経験があったからこそ誰々さんの悩み解決につながった」ということがよくあります。


経験というのは本当に財産だと思います。


一般的に財産というと、金銭的なものですが、それは使えばなくなります。一方で、経験はなくならないし、人の役に立つ力・お金を稼ぐ力として恒久的に使えます。税金もかかりません。誰かにとられることもありません。もっと言えば、難しいものほど、他の人が経験していないものほど、大きな財産になります。


こう考えると、「いずれ役に立つときがくる」「いずれより大きな財産になる」というマインドが生まれて、どんな経験にも感謝できるようになってくるのです。


・・・


いつも同じことを言うようですが、正解主義・減点主義の学校教育の刷り込みがあると、「失敗できない」「評価を下げたくない」という意識が生まれて、チャレンジできなくなるのですが、これは本当に勿体ないと僕は思います。(参考記事


あと、ペーパーテストによる評価制度にとらわれていると、知識を蓄積するだけで満足してしまうのですが、これも同じく勿体ないと思います。(参考記事


やはり、いくら学歴や資格があっても、いくら才能やセンスに恵まれていても、体験から何かをつかみ取ろうとしない人は何も積み上がっていきません。


余計なメンタルブロックを外して、どんどんチャレンジして、自分なりの財産を積み重ねていきます。


物やステータスに執着するのは思考停止しているから? [個性・使命・自分らしく]


『多くの人が持っている夢や願望は、人間にそもそも備わっている食欲、性欲、睡眠欲を除けば、ほとんどがメディアや企業によって創られたものだ。「高級マンションに住みたい」「ブランド品が欲しい」「億万長者になりたい」といった願望は、「夢を叶えれば誰かに認めてもらえるはず」といった幻想から来ている。本当に欲しいのは物やステータスではない。ただ自分の存在が認められたいだけ。本来、人の価値は結果や地位によって決まるものではないのに、物やステータスがないと認めてもらえないと思い込んでしまっている。』(※そのまま引用ではなく少し端折っている。)

引用元:加藤秀視著「自分を愛する技術」





世の中に出回っている情報というのは、客観的・中立的なものの方が少ないと僕は考えています。特に大きなメディアが発信する情報にほど思惑が隠れていると捉えています。


ステータスやブランド、「お金や物があることが豊かだ」という物質的価値観は、大手メディアや大企業が、自らの利益を増やすために作為的に作ったものです。


「これが流行だ」「これが豊かさだ」という宣伝文句で、承認欲求や劣等感を刺激して、依存させようとしているのです。ブランドというのは、そのように認知されたい企業がメディアと取引しているにすぎません。高級マンションというのは、「これがステータス」だと競争心を動かして、長期的なプランや消耗品で継続的利益を得ようとしているにすぎません。


先行きの見えない現代では、漠然とした生きにくさを抱えやすいですが、そこを埋め合わせるかのように、何かを求め続けてしまうところも、場合によりあるかなと感じています。同時に日々様々な情報も入ってきています。自分の頭で考えず、受け身になれば、偏った情報を鵜呑みにしてしまいますね。


僕の知る限り、本当に豊かな人というのは、大手メディアや企業の作った価値観から解放されている人です。そういった人は、お金に換算できない豊かさを見る、条件に関わらず何気ない日常に感謝する、損得勘定やステータスを介さずに人と交流する、評価を気にせず自分らしさを発揮するなど、真の自分の人生を歩んでいます。自分で自分の生き方を肯定できるから外部の承認も必要ありません。


思考停止は危険です。心の隙間が起点となったエゴも危険です。視野が狭まったまま、近視眼的に欲求を満たすだけになり、本質を見失います。


鎌倉山の満開桜.jpg



p.s.
今回は、「自分を愛する技術」の言葉をシェアしました。著者が伝えたいのは、自分を愛することができれば、劣等感や比較から解放されるし、自分の考えを持つことが出来るので、そういった作られた価値観から解放されるよ、自分なりの道を歩むことで真の成功を掴めるよ、ということです。
レビューと要点はこちらの記事に書いてあります。
>> 真の成功のために必要なのは〇〇愛?



「失敗や悩みはあった方がいい」と思えるようになってきた [反省・改善・自分の責任]


失敗や悩みがあるのは、
いいことだと思います。


失敗するのは挑戦している証拠、
悩むのは改善の意志がある証拠。


それだけ成長していけるのです。


逆に、
何の失敗も、何の悩みもない
日々というのは、何の成長
もなく無為に過ごす日々です。


もっと言うと、
若い時ほど、失敗や悩みが
あった方がいいと思います。


人生を80年とした場合、
60才で得たものは
20年しか活かせませんが、
30才で得たものは
50年活かすことができます。


若い時に、
失敗したり、悩んだりした人ほど、
よりパワーアップした
自分で生きていけるのです。


もちろん、より長生きすれば、
より活かす期間が長くなります。


なので日々挑戦、日々改善です。


これができる人は、
いつまでも元気で若くて、
長生きもしやすいのです。


レッツ自然体験ーこの話を聞いて「行き詰ったら非日常」と思った [健康・体質改善・気分転換]


数日間、自然体験合宿(農業、登山、山菜採り、味噌作り、アウトドア料理、家作り、陶芸、キャンプ、カヌー)に行っていた知人がこんなことを言っていました。


「体調がよくなった」「精神が安定した」「工夫するようになった」「閃くようになった」「なんか悩まなくなった」「人見知りしなくなった」「また行きたい」と。


多分、普段得られないエネルギーが得られたり、鈍っていた感覚を取り戻したり、メンタルブロックから解放されたりしたんだと思います。


あえていつもと違う体験をするのもいいですよね。


物や情報が豊富にある社会では、自分で何かをイチから創ったり、自分の頭で考えるという事をしなくなります。たまには、自分なりに創意工夫する機会を作ってみてもいいのかもしれません。


人と交流しなくても生活が完結するような社会では、コミュニケーション能力や感受性が養われません。たまには、人と交流せざるを得ない状況に身をおくのもいいのかもしれません。


人工物ばかりに囲まれた社会では、自然界の浄化作用が働きません。たまには、自然と触れ合って、リフレッシュしたり、野性の感を取り戻してもいいのかもしれません。


何かに行き詰っている時、あえていつもと違うことをすることで、予期しないブレイクスルーが起こることって結構あると僕は思います。


[関連記事]
なぜ行き詰った時は自然に触れた方がいいのか?


「身体は食べ物で出来ている」は厳密には違う? [健康・体質改善・気分転換]


ウォーキングは継続できています。これまでは緑の多い平坦な道をよく歩いていたのですが、最近は、桜の咲いているところ、商店街、アップダウンの大きいところを歩くようにしています。


青空と満開の桜.jpg



当然と言えば当然ですが、いつも同じようなことを繰り返していれば、同じような感覚・機能・筋肉しか使わなくなります。いずれ使わないところが鈍って身体の働きが衰えてくるし、新しい刺激や情報が入ってこない分発想も制限されてきます。


昨日は、普段は感じないことを感じることができました。それだけ仕事で使えるいいアイディアが湧いてきました。


ちなみに、人間の身体は食べ物で出来ている、とよく言われますが、厳密には食べ物だけでなく、水、空気、熱、音、香り、景色、愛、人の表情、知識などインプットするもの全てから出来ています。


新鮮なもの、いい刺激をもらえるもの、美しいもの、クリーンなもの意識してインプットしていく。ただこれだけでパフォーマンスが向上してきます。


医師やセラピストは、「食べ物が大事」「水が大事」とよく仰いますが、それだけでは不十分な場合あるかなと僕は思います。いくら食べ物や水が良くても、例えば、汚れた空気、人工的に作られたもの、メディアの間違った情報などをインプットしていると、成果は出にくいと思います。


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