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独自の成長論-学校教育の刷り込みを解放すると成長は加速する [個性・使命・自分らしく]


当然と言えば当然ですが、人が力強く生きていく上でも、人間的に成長していく上でも、自分の道を創っていく上でも、積極的であることはとても大事なことだと思います。でも、現代は学校教育の刷り込みにより、それが難しくなっていると感じることがあります。


現代は、誰もが小さい頃から、知識偏重で画一的評価ばかりする教育を受けさせられますね。これは、自分から積極的に体験していくというよりも、大人が用意したものを受動的に体験していくものです。


「正解(とされるもの)に辿り着けたか」「言われた通りに遂行できたか」といったことばかりが評価され、基本的に積極性は評価されません。評価されないどころか、個性を発揮(画一的評価に逆行)したり、新しいものを創造(既存のものに異を唱えたり)すると、場合によっては悪い評価を受けます。


こういう環境で育ってしまうと、「与えれらたものはやるが、そうでないものはやらない」といった受動的な姿勢になってしまうんですよね。そして、刷り込まれた常識、価値観、理論、方法論により、「こういう場合はこういう対応をすべき」という思考で生きてしまうのです。


これだと、「決まりきった結果しか出せない」「特定の問題しか解決できない(未知の問題に対応できない)」「個性を活かせず人間的魅力を発揮できない」「知らず知らずに操られてしまう」などの弊害が出てくるのです。


似たようなことは、切り口を変えながら何度か発信しているのですが、こういう刷り込みは、人間的成長を妨げると僕は思います。決して大げさではなく、もたらされる弊害を認識しているかどうかで、成長性が人生レベルで変わってくると考えています。


真に豊かな学び方というのは、新しい自分の発見や、自分の道の創造の中にあるもので、それには、積極性が不可欠だと思います。僕は、知識や用意されたレールよりも、主体的な実践から得る知恵や教訓が欲しいです。自分から得ようとしたものは、汗とか涙とか感動とかオリジナリティがあるから血肉になりやすいし、それだけ自分なりの人生が創造されやすくなるのです。人にもいい影響を及ぼしていくでしょう。


ちなみに、積極性を失うと、同時に感謝の意識も失います。人は積極性があるから、出会いや機会を大事にできるのです。そこで学びや感動を得ようとするから、感謝の気持ちを持ちながら成長していけるのです。受動的になってしまうと、どうしても「やらされている感」や「押し付けられている感」というものが出てきてしまうので、感謝の気持ちが持てなくなるんですよね。


まとめ:学校教育の刷り込みがもたらす弊害を認識すれば、「成長の加速」「感謝の意識」「自分なりの人生」が手に入る。


慶応大学の紅葉した銀杏並木.jpg



p.s.
僕は他にも独自の成長論があるのですが、不思議なくらい学校教育と逆行しているんですよね。これからもシェアしていきます。


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