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僕がどうプライドを捨てて、どう変わったかを聞いてください [反省・改善・自分の責任]


『人間が人間たる意義を求めるならば、まず敬するという心を持つことである。人間が現実にとどまらないで、限りなく高いもの、尊いもの、偉大なるものを求めてゆく、そこに生ずるのが敬という心である。この敬の心が発達してくると、必ず相対的に自分の低い現実を顧みてそれを恥ずる心が起こる。人間が進歩向上する一番大切なことは敬する心を発達させることであり、それによってはじめて恥を知ることができる。』

引用元:安岡正篤著「安岡正篤一日一言」





かつての僕は、「強い人間に見られたい」「優れた人間に見られたい」という気持ちがありました、、、なぜか、、、それは自分に自信がなかったからです。弱い人間だと周りに気づかれたくないがために、ありのままの自分を表現できなかったのです。


でも、自然療法や民間療法で心身を浄化したり、仏教や中国古典を熟読したり、瞑想・内観したりして変わってきましたね。


「自分を偽っていては自分の人生を歩んでいるとは言えない」「ありのままを表現できなければ自分だけの世界で生きているだけ」「自分にも個性があるのだからそれを活かさないのはもったいない」と考えるようになりました。


これ以来、上記、安岡さんの言葉にあるような「敬する心」や「恥ずる心」が生まれてきましたね。自分の足りないところを素直に認め、人から学べるようになりした。


強がらない
知ったかぶりしない
弱さを隠さない
優れた人を見つける
人の意見を聞く
反省する


これにより、よい結果を出せるようになったし、成長スピードも速くなりました。自分に自信がついてくるので、社会のために自分を活かそうとする姿勢も生まれてきましたね。周りの人や学べる機会に感謝できるようにもなりました。偽りがないので気持ち的にも楽です。人に好感をもってもらえることも増えました。はっきり言っていいことだらけです。


・・・


よくよく考えてみれば、「強い人間に見られたい」「優れた人間に見られたい」という願望は満たされません。偽っているがゆえに、いつまでも自分のよさを発見できないし、そこを伸ばせないし、自信がつくこともないのです。そして、自信がないままだからこそ周りの評価が気になり続け苦悩を深めていくのです。


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