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どんどん失敗していい!正解主義・減点主義の呪縛を解き放て! [挑戦・試練・自助努力・継続]


何かに失敗したら、あれこれ分析や評価をして、、、責任を追及したり、、、嘆く対象にしたり、、、不平不満を言ったり、、、いつまでも引きずったり、、、これって意味ありますか?


全くないとは言いませんが、失敗というものは、よりよき未来を創造するための材料として、積極的に活用していくべきものだ僕は思います。過去に何が起きようが、全ては未来をよくするためにあるんだと思います。


いつも同じようなことをいうようですが、失敗を前向きに捉えらなかったり、過去に起きたことに執着し、あれこれ考えてしまうのは、現代学校教育における正解主義・減点主義の弊害だと思います。


(絶対的な正解なんてこの世に存在しないのに)「正解とされるもの」を知識として先に教え、その通りにできなければ減点という教育をしますが、これでは「成功しなければならない」「失敗してはいけない」という意識が知らず知らずのうちに刷り込まれてしまうんですよね。


結果が出なければ評価されないので、失敗を避けようとしてチャレンジできなくなるし、実際に失敗があったときに分析や批評の対象になってしまうから、余計「失敗してはいけない」という意識が刷り込まれてしまうのです。


「成功しなければならない」「失敗してはいけない」という意識で行動することは、「誰かの評価に合わせていればいい」「問題を起こさなければいい」という受け身の姿勢ではないでしょうか。これでは主体的に学んでいくことができないのではないでしょうか。


既に起きた「成功なのか、それとも失敗なのか」という結果だけを見て判断するよりも、プロセスから得られた知恵、教訓、情報、人脈をどう活かしていくか、という将来を見据えた判断をした方が、成長するし、成果も出やすいと思います。


ちなみに、人生の最期に後悔するのは、失敗したことではなく、チャレンジしなかったことだそうです。人生というものは、誰か用意した道(「正解とされるもの」に即した道)を歩むのではなく、自分自身が切り拓いていくものなんだと思います。


p.s.
学校教育というのは、プロセスよりも結果、未来よりも過去、加点よりも減点、能動よりも受動、長所よりも短所、個性よりも画一的、創造よりも模倣にフォーカスされているんですよね。「評価依存」「後悔」「自信がつかない」「個性の埋没」「やりたいことが分からない」などのデメリットがあるのです。学校教育の弊害については、これまで何度も発信してきましたが、思考停止により、こういったところに気づかずにいると、人生レベルの損失があるように思います。


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