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独自の成長論-「どれだけinputしたか」より「どれだけoutputしたか」 [挑戦・試練・自助努力・継続]


かつての同級生なり、かつての同僚なり、近況報告をしていると思うことがあります。それは成長している人とそうでない人がいるということ。


昔から「この違いは何なのか」とよく考えるのですが、やはり「自分の意志で行動しているのかどうか」、ここが違いを生み出しているように思います。


いつも同じ論を繰り返すようですが、現代の学校教育は知識偏重・テスト偏重なので、知識さえあれば(正解とされるものを記憶できれば)評価をもらえるんですよね。


主体的に気づきを積み重ねたり、自分の頭で考えて工夫をこらしたり、オリジナリティのあるものを創造したりと、こういったプロセスを経なくても評価が得られてしまうのです。


つまり、知識量と評価は連動するのですが、行動量と評価は連動しないのです。行動しなくても成長した気になってしまうし、知識が多いだけの人を凄い人だとか、偉い人に教えられたものが全て、といった錯覚も起きやすいのです。


自分のことを言えば、学生時代に無理やり詰め込んだような知識はほとんど忘れてしまいました。正直、忘れたことを気にもしていません。本当に自分の人生で役に立つのは、自分自身でつかみ取ったものだと思うからです。言い方は悪いですが、ただ受動的に教え込まれても、興味が湧かないし、なんの面白味もありません。


仕事で使っているスキルであれ、生活を向上させるノウハウであれ、生き方であれ、マインドセットであれ、今の自分の力となっているのは、自分自身の主体性や創造性によってつかみ取ったものばかりです。「失敗してもいい、苦しくてもいい、批判されてもいい、何かをつかみ取りたいんだ」といったマインドで行動した結果得られたものばかりです。こういうものは「苦難を乗り越えた」「新しい自分を発見した」という感動があるから忘れにくいように思います。


そして、これは僕に限ったことではなく、大抵の人がそうではないかと思います。その人の成長というのは、どちらかというと、知識量よりも行動量に比例していると思うのです。知識だけで満足しているほど何も変わってないし、偏った理論や方法論にとらわれて本質をつかめていないように見えるのです。


知識より行動を重んじた二宮尊徳の言葉をシェアします。(二宮尊徳は読書をしているイメージが強いが、実は読書よりも挑戦や実践を重んじている)


「人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学んで道を知らざれば、学ばざると同じ。知って行うこと能はざれば、知らざると同じ。故に、人たるもの、必ず学ばざるべからず。学をなすもの、必ず道を知らざるべからず。 道を知るもの、必ず行はざるべからず。」



人生というのは、自分自身が切り拓いていくもので、誰かが用意した道というものはないですよね。単純に「自分の意志で行動する」 これ自体が人間を豊かにしていくように僕は思います。


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