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使命に生きたいなら学校教育の刷り込みは邪魔になる [個性・使命・自分らしく]


これまでも何度か発信してきましたが、現代の学校教育には本当に様々な弊害があると考えています。


・個性が埋没したり外部評価依存を生み出す画一的評価
・利他心や協調性が排除されやすい競争原理
・主体性を損ないやすい義務教育という名の強制教育


これらの刷り込みがあると、「自分の個性を活かして人様のお役にたとう」という発想にならないんですよね。


「外部評価(ステータス、ランク、ブランド)を得ることに価値がある」「自分には人様のお役に立てるような特別な力はない」「何か問題があっても誰かがやってくれる」といった錯覚を起こし、自分のことしか考えなくなっていくのです。


こういう刷り込みがあると、社会に出てからも、「自分の出世のために」「自分の生活のために」という意識で働いてしまうのです。つまりそこに「人のために」という思いがないのです。仕事の本質は「与える」ことなのに、自分のことだけを考えているのです。


世界平和のために生きた哲学者、アルベルト・シュバイツァーに「人の本当の価値というのはその人自身から見出す事はできない。それは周囲の人々の表情や雰囲気の中にありありと浮かびあがってくるものだ。」という言葉がありますが、本当にこの通りだと思います。人は、「何を持っているか」「どう見えるのか」ではなく、人様のお役に立っているからこそ価値があるんだと思います。


「人様のお役に」と言うと、自己犠牲だとか、あるいは偽善だとかいう意見もありますが、僕はそうは思いません。「人様のお役に」という意識で生きるというのは、自分の才能、天分、経験を活かすということ、または使命を果たすということです。これはこの世に一人しかいない自分自身を発揮するという意味で、自分らしい豊かな生き方だと思います。


自分の潜在能力を引き出したり、本当にやりたいことを見つけるためには、人様のお役に立とうとするのが一番の早道だといつも考えています。(繰り返しになるが現代の学校教育はこれに逆行している。)


「天上天下唯我独尊」というお釈迦様の有名な言葉があります。全てはこの世にひとつしかない尊い存在ということ、またそれぞれはなんらかの使命があって生まれてきているという意味です。


すべての個はご縁でつながり、互いに影響しあっています。自分が幸せになるためには、周りの人も幸せでなければなりません。そのためには、使命感を持って人様に尽くしていくことが大事になってきます。


お互いが思いやりをもち、それぞれの使命をしっかりと果たせたとき、最大限の成果が生まれ、真の幸福が招来されるのだと思います。


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